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宇宙飛行士からのメッセージ



ウィリアム・R・ポーグ

ウィリアム・R・ポーグ

1930年オクラホマ州生まれ。

オクラホマ州立大学で数学の修士号を取得。空軍を経て1966年に宇宙飛行士となる。

アメリカ初の宇宙ステーション「スカイラブ」の3回目の有人ミッション4号のパイロットとして84日間を宇宙で過ごし、それまでのアメリカの宇宙ステーション滞在(たいざい)時間を更新した。また、長期にわたった無重力下でのさまざまな実験で、多くの成果を残している。著書(ちょしょ)に『宇宙でトイレにはいる法』(1985年)がある。

宇宙飛行歴
1973/11 スカイラブ4号


●宇宙での体験や印象は?

眼下に見える地球の姿は神々しいほど美しく、こんな光景を見られることを光栄に思いました。


●なぜ宇宙飛行士になったの?

私はテストパイロットだったのですが、その究極の仕事は宇宙飛行だと考えていました。


●無重力状態はどんな感じ?

宇宙空間に到達(とうたつ)して最初に気づくことは、自分の身体に何の圧迫感(あっぱくかん)も感じないということです。頭がくらくらしたり、めまいを感じたりすることもあります。30分ほどすると顔が上気して、首のあたりで脈が激(はげ)しくなることもあります。動き回ってみると、振(ふ)り向いたりうなずいたりするたびに身体が回転したり、宙返りしたりするのを強く感じます。そのため不快に感じたり、気分が悪くなったりする人もいます。また、頭に強い圧迫を感じ、頭に何か詰(つ)め物でもしたように感じます。数時間たつとひどい頭痛(ずつう)に襲(おそ)われることもあり、吐(は)き気を起こさせることがあります。こうした症状(しょうじょう)は数日でほとんど消えてしまいます。頭の圧迫感や詰まった感じは、宇宙にいる間中、時々起こることがあります。頭を速く動かしすぎると、そのたびに身体が勢いよく宙返りしたり回転したりしてしまいます。しかし、無重力の魔術(まじゅつ)はウキウキする体験でもあり、たいていの宇宙飛行士は重力から解放されたことを利用して、いろんなゼロG(重力ゼロのこと)ゲームや曲芸を楽しんでいます。


●宇宙飛行士の訓練で楽しかったことと苦手だったことは?

訓練でいちばんつらかったのは(私にとっては)、アポロ指令船のシミュレーターの中で何時間も過ごさねばならなかったことです。カウチ(宇宙船の座席(ざせき))にあお向けになるのですが、その体勢を数時間続けなければならない時は、インフルエンザのような症状(しょうじょう)が現われるのを感じました。いちばん楽しかったのは水槽(すいそう)で行う中立浮力(ふりょく)設備での宇宙遊泳の訓練でした。


●宇宙の生活で大切なことは?

宇宙飛行士は、お互(たが)いのことを心から思いやることがとても大切で、与えられた任務の達成に向けて、互いに忍耐(にんたい)強い態度で臨(のぞ)むことが不可欠です。


●メッセージ

数学、化学、物理学、生物学などについてレベルの高い教育を受けることが必要です。そうした訓練は大学に入るずっと前から始めておかなくてはなりません。ほかの準備としては、あらゆることにまんべんなく興味を持つことです(純粋(じゅんすい)に学問的な追求だけにこだわらず)。宇宙飛行士には趣味(しゅみ)をたくさん持っている人が多く、その内容も各人で大きく違(ちが)い、音楽、スキューバダイビング、ヨット、飛行機、クルマの改造、各種スポーツ(チーム競技や個人競技)や芸術(絵画や演劇(えんげき))など実にいろいろです。宇宙飛行士になりたい皆さん、がんばってください。



ウォルター・M・シラーJr

ウォルター・M・シラーJr

1923年ニュージャージー州ハッケンサック生まれ。
アメリカ海軍のテストパイロットを経て、宇宙飛行士一期生「ライトスタッフ」7名のうちの一人に選ばれる。マーキュリー8号ではアメリカ人5番目の宇宙飛行に成功。それまでの宇宙滞在(たいざい)時間よりも長い9時間14分の記録をつくり、宇宙船において長時間の作業が可能なことを証明した。

宇宙飛行歴
1962/10 マーキュリー8号
1965/12 ジェミニ6号
1968/10 アポロ7号


●宇宙での体験や印象は?

宇宙には3度行きましたが、地球ほど素晴らしいところはありません。宇宙船地球号を大切にしてください。


●なぜ宇宙飛行士になったの?

より高く、より速く飛びたかったからです。


●無重力状態はどんな感じ?

数時間はおもしろいのですが、筋力(きんりょく)を保つだけの運動ができないのが難点(なんてん)です。


●宇宙飛行士の訓練で楽しかったことと苦手だったことは?

数えきらないぐらい長時間、鬼のようなテスト教官の下でシミュレーション訓練を受けること。いちばん良かったことは、それが終わり、とうとう打上げとなった時でした。


●宇宙の生活で大切なことは?

フライトを指揮(しき)する宇宙飛行士には最良の人を選ばねばなりません。ミッションの成功、クルーの安全はすべてその人にかかってきます。これは地上でも同じことが言えます。


●メッセージ

宇宙でのミッションにはいろいろな役割(やくわり)があります。指揮官、副操縦士(ふくそうじゅうし)、ミッションスペシャリスト(ミッションの内容に関する専門家(せんもんか))、ペイロードスペシャリスト(荷物として積み込んだ実験機器を使って、その人にしかできない実験をする専門家)などです。そこには科学、技術、医療(いりょう)などすべてが含まれています。



ゲルハルト・ティエル

ゲルハルト・ティエル

1953年ドイツ生まれ。ミッションスペシャリスト。
ハイデルベルグ大学環境(かんきょう)物理研究所にて博士号取得。ドイツ航空宇宙センター(DLR)で宇宙飛行士基礎訓練(きそくんれん)を受けた後、NASA宇宙飛行士基礎訓練コースに参加(毛利宇宙飛行士と野口宇宙飛行士と同期)。STS-99では2度目の飛行となる毛利衛宇宙飛行士と同乗、立体地図を作るために地球表面の観測が行われた。

宇宙飛行歴
2000/02 STS-99(エンデバー)

 


●宇宙での体験や印象は?

はじめて地球を眺(なが)めたとき、自分の見ているものが信じられませんでした。目の前に故郷(こきょう)の地球が美しい白と青をして横たわっており、一瞬(いっしゅん)のあいだ「映画館(えいがかん)の中にいるんじゃないか!」と思ってしまいました。そして、「ああ、自分は今あの地球にはいないんだ。離れて来てしまったんだ」と気づきました。星はもちろん何光年ものかなたにあるのですが、自分がその星たちの中にいるように感じられました。もう一度地球を、そして大宇宙の真っ黒な広がりを見やったとき、天地創造(そうぞう)の素晴らしさに深い感謝の気持ちを抱(いだ)きました。


●なぜ宇宙飛行士になったの?

11〜12才くらいの子供のころから宇宙飛行士になりたいと思っていました。アメリカとソ連で宇宙飛行が始まって以来ずっと注目して見つづけ、すごいなあと思っていました。それぞれのミッションの目的はよくはわかりませんでしたが、ものすごいことを今、自分は見ているんだということはなんとなくわかっていました。そして自分もそれに参加したいという気持ちを抱(いだ)いていました。


●無重力状態はどんな感じ?

無重力状態の感じはミラン・クンデラの有名な小説の題名をもじって「存在(そんざい)の苦にならない軽さ」と表現したいと思います。無重力でいるというのは、自分では何の努力もなしにラクに自分が存在しているといった感覚です。でも驚(おどろ)いたことに、2〜3日もすると重力のあったときのことをまるで思い出せなくなってしまいました。重力があったときの感覚を一所懸命(けんめい)思い出そうとするのですが、どうしても思い出せないのです。このことも忘れられない経験として残っています。地球には46年間住んでいて、無重力というのは短時間の訓練飛行以外は経験したことなどまったくありませんでした。にもかかわらず、体も心もほんの数日ですっかり全く違(ちが)う環境(かんきょう)に適応してしまったのです。


●宇宙飛行士の訓練で楽しかったことと苦手だったことは?

訓練は肉体的にも精神的にもきついこともありますが、決して困難(こんなん)なものではありません。少なくともいま振(ふ)り返ってみるとそう思います。これは訓練をしながら常に何か新しいことを学んでいるからだと思います。新しいことを学ぶということは手間も暇(ひま)もかかって大変ですが、とてもやりがいの感じられることです。

訓練でいちばん楽しいのはチームが一体になったときです。あるときジャネット・カヴァンディさんと一緒(いっしょ)の訓練で、地上の管制室から、予定していたことを変更せよとの指示がありました。彼女と私はお互(たが)いの顔を見合わせ、直ちに何をすべきか分かりました。チームがこのようにお互いに完全に信頼(しんらい)し合い、黙(だま)っていても考えていることがわかるようになるというのは、とってもうれしいことです。このことは別に宇宙飛行士同士だけのことでなく、地上の管制官チームと宇宙にいる飛行士との関係についても言えることです。


●宇宙の生活で大切なことは?

宇宙に住むということは実は、多くの人が狭(せま)い空間に長いあいだ一緒(いっしょ)に住むということです。このことはお互いのマナーやスキルの点で、家族で暮(く)らしたり地球という社会で暮らしたりするのと変わりはありません。他の人のことを思いやること、丁寧(ていねい)であること、親切であること、手助けをしてあげること、ユーモアのセンスを持つことなどが大切です。


●メッセージ

どんな立派(りっぱ)なことでも、まず夢を持つことから始まります。



ジェームズ・A・ラベル

ジェームズ・A・ラベル

1928年オハイオ州クリーブランド生まれ。
海軍飛行隊のテストパイロットを経て、第2期宇宙飛行士に選ばれる。ジェミニ7号ではパイロットとして史上初のランデブー飛行を成功させた。アポロ13号では船長として同僚(どうりょう)の飛行士2人と月へ向かう途中(とちゅう)、宇宙船の酸素タンクが爆発(ばくはつ)し、呼吸用(こきゅうよう)酸素などの供給源(きょうきゅうげん)が断たれる大事故に遭(あ)ったが、87時間ぶりに地球に生還(せいかん)。共著(きょうちょ)に『アポロ13号』があり、映画化(えいがか)されている。
宇宙飛行歴
1965/12 ジェミニ7号
1966/11 ジェミニ12号
1968/12 アポロ8号
1970/04 アポロ13号


●宇宙での体験や印象は?

月から見た地球は青く輝(かがや)いて、まるでクリスマスツリーの飾(かざ)りが1個、暗黒の空に浮(う)かんでいるようでした。親指の陰(かげ)にすっぽり隠(かく)れてしまうぐらいちっぽけなものでした。しかし、その「宇宙船地球号」に、50億人の「宇宙飛行士」が共に働き、生きているのです。
アポロ13号が最もエキサイティングなミッションでした。地球から約32万キロの所で爆発(ばくはつ)が起き、帰還(きかん)できなくなるかもしれない状態になりました。それから4日かかって帰還できたわけですが、その間は本当にエキサイティングでした。


●なぜ宇宙飛行士になったの?

小学校のころから宇宙飛行やロケットに興味がありました。ハイスクール時代には固形燃料を使うロケットを作りました。だから、NASAに入るチャンスが訪(おとず)れた時はすぐに飛びつきました。


●無重力状態はどんな感じ?

心臓の鼓動(こどう)が10拍(ぱく)少なくなります。血液の量が減り、筋肉(きんにく)が衰(おとろ)えてきます。


●宇宙飛行士の訓練で楽しかったことと苦手だったことは?

いろいろな内容の訓練を幅広(はばひろ)く受けました。すべての実験のやりかたも、宇宙船の操縦(そうじゅう)の仕方も覚えなければなりませんでした。生きのびるための訓練も受け、月の特徴(とくちょう)も学びました。宇宙飛行士でいる間、毎日が訓練の連続でした。
機器類やスイッチ類の機能を全部覚えるのに最低2年はかかりました。計器盤(けいきばん)の操作(そうさ)などは、宇宙船の製造会社の人がテストするのを手伝ったりしながら覚えました。宇宙船に必要な機器類を決める際に、宇宙飛行士の方からも意見を出したりしました。いちばん時間がかかったのはコンピュータの使い方です。


●アポロ13号の事故について

Q 爆発のことを聞いた時まずどう思いましたか?

A アポロ13号のクルーは全員、隕石(いんせき)が当たったのだと思いました。

Q 助からないと思いましたか?

A 爆発直後は助かる望みは少なく1割(わり)ぐらいか、と思いましたが、死ぬことなどまるで考えていませんでした。皆(みな)楽観的で、フライトが進行するにつれて助かるチャンスも大きくなっていきました。

Q 宇宙船の中の雰囲気(ふんいき)は映画(えいが)に比べてもっと緊張(きんちょう)していましたか、それとももっと落ち着いていましたか?

A 宇宙船の雰囲気は映画よりも落ち着いていました。例えばフレッド・ヘイズとジャック・スワイガートが口論(こうろん)するなどということも、実際にはありませんでした。

Q 管制室が何の手助けもできないでいる時、いらいらしましたか?

A 管制室の人たちはいろいろな危機(きき)に際して、チームワークを発揮(はっき)して解決法を見つけてくれます。我々(われわれ)は信頼(しんらい)していました。そのうち助けてくれるだろうと。

Q あの事故の時に冷静さを保って、クルーを励(はげ)まし導けたのはなぜだと思いますか?

A アポロ13号のような問題が起こった時、指揮官(しきかん)としては自ら模範(もはん)を示してクルーを元気づけなければなりません。前向きに考えてあらゆるものを使い、次つぎに襲(おそ)いかかる危機を乗り越(こ)えなければなりません。

Q 宇宙に関係する人たちどうしの絆(きずな)は信じられないぐらい強い、といわれますが本当ですか?

A 宇宙飛行士も他のNASAの職員も皆(みな)、他では味わえない経験を共にしているから強い仲間意識が生まれます。アポロ計画に関わっている間は特にそうでした。


●メッセージ

これからの宇宙飛行士には科学の教育が必要になると思います。NASAでは医師、天文学者、物理学者、技術者、生理学者、数学者、その他の専門家(せんもんか)を必要としています。パイロットとしての訓練も今はまだ必要ですが、将来(しょうらい)の宇宙飛行士は特にパイロットでなくてもよくなります。



ジェラルド・P・カー

ジェラルド・P・カー

1932年コロラド州デンバー生まれ。
南カリフォルニア大学、海軍大学院で学んだ後、セントルイス大学で航空工学の学位取得。

アメリカ初の宇宙ステーション「スカイラブ」の3度目の有人ミッション4号の船長として84日間を宇宙で過ごし、それまでのアメリカの宇宙ステーション滞在時間(たいざいじかん)を更新(こうしん)した。また、長期にわたった無重力下でのさまざまな実験で、多くの成果を残している。

宇宙飛行歴
1973/11 スカイラブ4号


●宇宙での体験や印象は?

84日間、420kmの高度の軌道(きどう)を飛び続けるあいだに、はるかに見える美しい地球についてじっくり思いをめぐらす時間がありました。約1900kmにわたる範囲(はんい)を一度に見渡(わた)すことができ、地球の地平線は本当に丸くカーブしていました。宇宙船は秒速10km近いスピードで地球の上空を飛んでいました。今でも忘(わす)れられない感動は、地球をおおっている大気の青い色をした層の薄(うす)さに気づいたことです。もし地球をリンゴにたとえれば、大気の層はまさにリンゴの皮ほどの厚みしかありません。そして突然(とつぜん)気づいたことは、いかに地球の大気というものが繊細(せんさい)であるか、人間がそれを守るために手を尽(つ)くすことがいかに大切であるか、ということでした。


●なぜ宇宙飛行士になったの?

きっかけはNASAで行なっている宇宙飛行士訓練制度に興味を引かれ、腕試(うでだめ)しのようなつもりで応募(おうぼ)したことです。1965年のことでした。いろいろなテストでどこまで自分が残るかを見てみたかっただけで、選ばれるとは思っていませんでした。1966年の春に選ばれた時はとても名誉(めいよ)に感じ、こんなにも有意義な形で人類の進歩に貢献(こうけん)できるのだと思うと、うれしくてなりませんでした。


●無重力状態はどんな感じ?

重力から解放されるというのは素晴らしい感じです。自分が本当に三次元の中で生きている気になります。よく私は無重力の状態を、蝶(ちょう)への変身にたとえてきました。地球に帰って来るまでは腕(うで)や脚(あし)やスイカのような頭の重さも忘れているのです。


●宇宙飛行士の訓練で楽しかったことと苦手だったことは?

訓練でいちばん難(むずか)しかったのは天文学と地質学でした。いちばんおもしろく、しかし肉体的には大変だったのは不変浮揚(ふへんふよう)訓練で、宇宙遊泳の練習を水底で行ないました。宇宙に出てみて、訓練がいかに重要で、かつ実際的だったかが分かりました。


●宇宙の生活で大切なことは?

宇宙で生活するための技術やマナーは、地球上で生産的な生活をするために必要な技術やマナーと大して変わりません。忍耐(にんたい)、適応力、未来をみつめる目、やさしさを学ばなければなりません。


●メッセージ

宇宙飛行士になりたいと思う皆(みな)さんは、一所懸命(けんめい)勉強して、何を専門(せんもん)にするにも、その中で一番になるようがんばってください。他の人を大事にし、いつもベストを尽(つ)くし、チームワークを大切にすることを学んでください。



ジェリー・L・ロス

ジェリー・L・ロス

1948年インディアナ州クラウンポイント生まれ。
米国空軍大佐、ミッションスペシャリスト。
パーデュー大学卒業後、空軍を経て1980年に宇宙飛行士として選抜される。数多くの船外活動を担当しており、STS-88ではモジュールの組立にのための3回の船外活動を成功させ、国際宇宙ステーション建設への大きな一歩をもたらした。

宇宙飛行歴
1985/11 STS 61-B(アトランティス)
1988/12 STS-27(アトランティス)
1991/04 STS-37(アトランティス)
1993/04 STS-55(コロンビア)
1995/11 STS-74(アトランティス)
1998/12 STS-88(エンデバー)


●宇宙での体験や印象は?

地球の上空を静かに漂(ただよ)いながら感じたのは、地球の穏(おだ)やかさと美しさです。神様は何と美しい場所を創(つく)って我々(われわれ)にお与えになったのだろう、この地球を将来(しょうらい)の人類のために守っていかなければ、と思いました。


●なぜ宇宙飛行士になったの?

子供のころ、ロケットや人工衛星による宇宙探査(たんさ)はまだ始まったばかりでしたが、私はその冒険(ぼうけん)に心を奪(うば)われました。それで4年生の時(10才ぐらいでしたが)、将来は技術者になって、わくわくするような宇宙探検(たんけん)に加わろうと決意したのです。


●無重力状態はどんな感じ?

宇宙の重力ゼロの環境(かんきょう)は実に愉快(ゆかい)な体験です。ふわふわと宙(ちゅう)に舞(ま)いながら、すごく大きな重たいものでも簡単に動かせるのがとても面白いのです。気分的にも楽しいし、感覚的にも気持がいいのです。


●宇宙飛行士の訓練で楽しかったことと苦手だったことは?

基本的に宇宙飛行訓練は、どの部分も楽しめます。ちょっとうれしくない点はただひとつ。1年の大半かそれ以上の間、自分の時間のほとんどすべてを訓練に捧(ささ)げなければならないことです。訓練のせいで、家族との旅行や行事は大幅にけずられてしまいます。


●宇宙の生活で大切なことは?

宇宙で必要だったり用いたりする技術は、基本的には地上で用いる技術と同じです。ただし宇宙飛行は短期間なので、短時間のあいだに多くの作業を行なわなければなりません。そのため、宇宙での仕事を極めて効率よくこなせるよう十分訓練を積んで、必ず与えられた時間内にすべてを終わらせることがたいへん重要です。さらに、宇宙ではどんな間違(まちが)いでも重大な結果につながることがあり、それはふだん地上で起きる事態よりはるかに深刻(しんこく)なものです。


●メッセージ

大きな夢を抱(いだ)き、よく勉強し、仕事に励(はげ)みながらその夢を追い続けてください。簡単にあきらめてしまってはいけません。



ジャン-フランソワ・クレルボワ

ジャン-フランソワ・クレルボワ

1958年フランス、ロングヴィルレメッツ生まれ。
欧州宇宙機関(ESA)所属のミッションスペシャリスト。
軍の大学院で飛行検査技術を学んだ後、フランス国立宇宙研究センター(CNES)で地球観測衛星の自動操縦(じどうそうじゅう)や姿勢制御(しせいせいせいぎょ)に関するプロジェクトに取り組むかたわら、大学講師もつとめる。1985年にフランスの宇宙飛行士に選ばれてからロシア語を修得。ロシアでソユーズ・ロケットや宇宙ステーション「ミール」のシステムについて学び、STS-84のシャトル-ミールミッションにも参加。


宇宙飛行歴
1994/11 STS-66(アトランティス)
1997/05 STS-84(アトランティス)
1999/12 STS-103(ディスカバリー)
1998/12 STS-88(エンデバー)

●宇宙での体験や印象は?

地球の姿に息をのみ、母なる自然というものに対する尊敬(そんけい)の念が深まりました。

くっきりと輝(かがや)く無数の星々を眺(なが)めていると、広大な宇宙に引き込まれそうな感じがして、さらに彼方へと探検(たんけん)してみたくなりました。

無重力の感覚は無邪気な遊び心を思い出させてくれました。やりがいのある仕事をたいへん誇(ほこ)らしく感じました。


●なぜ宇宙飛行士になったの?

子供のころから宇宙飛行士になりたいと思っていました。好奇心(こうきしん)が強く、だれも行ったことのない所へ行き、何か新しい発見をするのが夢でした。


●無重力状態はどんな感じ?

重力から脱(ぬ)け出すと、肉体的に自由になったような不思議な感覚があり、別世界にいるような気分になります。


●宇宙飛行士の訓練で楽しかったことと苦手だったことは?

宇宙飛行の訓練は本番よりもたいへんで、ミッションのシミュレーションにはさまざまな故障(こしょう)が入り組んで発生するように仕組まれています。クルー(乗組員)はそうした故障を乗り越えられる技術とチームワークを身につけなければなりません。
訓練でいちばん楽しかったことは、チームで作業ができたということと、ロケット打ち上げ基地ケープケネディで実物の宇宙船の機器を使って訓練したことです。いよいよ夢が現実のものになるという実感がわきました。


●宇宙の生活で大切なことは?

非常に厳(きび)しい条件の下でキャンプを体験するのとよく似ていて、自分の身の回り品をきちんと整理しておくことがたいへん重要です。そうしないと、無重力の中ではいろいろなものがふわふわと漂(ただよ)ってしまい、いざという時、必要なものを探(さが)すのに手間取ってしまうからです。


●メッセージ

人間が自分たちを取り巻く環境(かんきょう)を探検するのは、自己保存(じこほぞん)本能によるもので、そうすることで人類の生存(せいぞん)の可能性が最大限まで高まることを知っているからです。宇宙に関する限り、技術的な難関(なんかん)をもっとも克服(こくふく)していけるのは子供たちです。子供には無限の想像力と情熱があるからです。子供たちの力で人類の未来は確かなものになります。皆さんの中には、将来(しょうらい)絶対に宇宙飛行士になるんだという人もいるかもしれません。いつも先の先を見据(みす)え、目標はできる限り高く、遠くに持つようにしてください。



トーマス・D・ジョーンズ

トーマス・D・ジョーンズ

1955年メリーランド州バルチモア生まれ。ミッションスペシャリスト。
空軍士官学校卒業後に空軍を経てアリゾナ大学で博士号を取得。1991年に宇宙飛行士になる。STS-80ではロボットアームを使って天体観測衛星ORFEUS-SPAS IIを放出・回収(かいしゅう)したほか、国際宇宙ステーション建設とメンテナンスに必要な道具をテストするために船外活動を行った。

宇宙飛行歴
1994/04 STS-59(エンデバー)
1994/09 STS-68(コロンビア)
1996/11 STS-80(コロンビア)
2001/02 STS-98(アトランティス)


●宇宙での体験や印象は?

宇宙でのいちばん強烈(きょうれつ)な思い出は、薄(うす)く青い大気の層(そう)に包まれた、なんとも繊細(せんさい)な地球が刻々(こくこく)と変化していく、素晴らしい光景です。地球の夜の側では、黒い大地に輝く都会の明かり、稲光(いなびかり)、上空に輝く星などによる壮大(そうだい)な光景が展開します。北極光や南極光(オーロラ)が見えたこともあります。次の宇宙飛行が待ち遠しいです。皆さんにもいつか自分の目で見るときが来るといいと思います。


●なぜ宇宙飛行士になったの?

私が宇宙飛行に興味を持ったのは皆さんぐらいの時でした。アメリカの初期のジェミニやアポロのミッションをテレビで見ているうちに、宇宙飛行というものがとてつもなく楽しく、また無限の可能性に満ちたものに思えてきました。1966年に6年生になったころには、ジェミニの飛行士たちが初めての月面着陸に向けて訓練する様子をテレビにかじりついて見るようになっていました。それで自分も宇宙飛行士になろうと決めたのです。高校の時、アポロの飛行士たちによる初めての月面探査(たんさ)の様子を見ているうちに、これからの宇宙飛行士には宇宙科学が役に立つかも知れないと気づきました。大学時代は部活で習う飛行機の操縦(そうじゅう)が最高の楽しみでしたが、科学の勉強もそれと同じくらい楽しめるようになりました。


●無重力状態はどんな感じ?

無重力状態の感覚は信じられないほど軽くて、楽しいもので、驚(おどろ)くほど自由な気持にさせてくれます。空を飛べるようになって両腕(うで)を広げるだけですっと空中へ飛び出していく、という夢を見ることがよくあるでしょう。あれと同じ感覚です。あんまり楽しいので、初めて経験した日からは、それが実はフリーフォール(自由落下)であることも忘れて、キャビン内をあちこち身体を自由自在にくねらせながら大喜びで作業していました。


●宇宙飛行士の訓練で楽しかったことと苦手だったことは?

私が訓練でいちばん気に入っているのは、人工衛星を捕(つか)まえるのに使うロボットアームの遠隔(えんかく)操作法(そうさほう)で、来年のSTS-98では宇宙ステーションの建設にこのロボットアームを使うようになります。私たちのミッションでは、マーシャ・アイビンズがロボットアームの操作を担当します。ロボットアームは本当の宇宙空間で実際に使うのですから、どんなビデオゲームもこの操縦のおもしろさにはおよびません(私は1996年の後半に、STS-80で半導体を作る実験衛星ウェイクシールドを打ち出した時と捕(つか)まえた時にロボットアームを使っています)。

もう一つ、訓練での素晴らしい体験は、飛んでいる飛行機の中で約20秒間の無重力状態を繰り返す訓練です。こうすることで、軌道(きどう)に乗った時にどう感じるものかを、前もって知っておくことができるのです。この訓練のおかげで軌道に乗った時の無重力感にはあまり違和感(いわかん)がなく、すぐに慣れることができました。


●宇宙の生活で大切なことは?

私たちの乗ったシャトルにはいくつか不具合が起きました。しかしどれも飛行士を危険にさらすようなものではありませんでした。しかし、1997年にロシアの宇宙ステーション「ミール」に起きた火災や衝突(しょうとつ)事故は、宇宙飛行には危険(きけん)が潜(ひそ)んでいることを思い出させます。宇宙は地球とはまったく異(こと)なる場所であることを忘れてはいけません。例えば日なたは恐ろしく暑く、日かげは恐ろしく寒いのだということや、大気圏外(たいきけんがい)に出ると、そこには空気がなく呼吸(こきゅう)ができないのだということなどです。1986年にスペースシャトルのチャレンジャー号が爆発(ばくはつ)し、乗組員が亡くなるという事故がありました。私たちはこの事故が残した宇宙飛行の安全についての多くの教訓を活かし、シャトルを改善(かいぜん)するとすぐ、亡(な)くなったチャレンジャーの飛行士たちの遺志(いし)を継(つ)ぐように、また宇宙へと向かったのです。スペースシャトルによる宇宙飛行はすでに16年の歴史があり、その安全な操縦法についても十分わかってきましたし、私たちの操縦も自動車の運転や飛行機の操縦よりもはるかに慎重(しんちょう)なため、今後は起きたとしても小さな事故ですむと思います。とはいえ、100%安全な宇宙飛行などというものはありえません。事故が起きたらその失敗から学び、さらに前進し、宇宙探検を続けていくのです。

おっと、宇宙ではトイレはどうするのですかという質問をうっかり忘れるところでした。シャトルには、飛行機のトイレぐらいの小さなトイレがあります。便器の中ではファンが回っていて、空気といっしょに排泄物(はいせつぶつ)も、尿(にょう)はホースに、便はタンクに吸(す)い込むようになっています。なにしろフリーフォールの最中に使うことになるわけですから。家のトイレよりは厄介(やっかい)ですが、ルールは同じです。つまり、汚(よご)さないこと、終わったら手を洗うことです。


●メッセージ

この手紙が皆さんの興味にお答えできていれば幸いです。なんでもどんどん質問するようにしましょう。先生方に宇宙のことを聞いて、本もどんどん読みましょう。NASAのホームページものぞいてみてください。これから皆さんがどういう職業を選ぶにしても、その準備のために学校での勉強をしっかりやってください。そして自分の夢を忘れずに、一所懸命(いっしょけんめい)働いてがんばれば、その夢はきっとかないます。皆さんの中から間もなく、私たちの地球や、太陽系、そして宇宙をいっしょに探検する仲間が育ってくることを心から願っています。



ドミニク・L・ゴーリィ

ドミニク・L・ゴーリィ

1957年ルイジアナ州レイク・チャールズ生まれ。パイロット。
海軍士官学校で海洋工学を学んだ後、テスト・パイロットを経て、NASAの宇宙飛行士の候補(こうほ)となり訓練を受ける。STS-91では最後のシャトル-ミール・ミッションとしてロシアの宇宙船ミールとのドッキングに成功。STS-99では毛利衛宇宙飛行士と同乗している。

宇宙飛行歴
1998/06 STS-91(ディスカバリー)
2000/02 STS-99(エンデバー)


●宇宙での体験や印象は?

でも、宇宙からの眺(なが)めはただただ「すばらしい」の一言です。窓(まど)からわたしたちの美しい惑星を見ていて飽(あ)きることはありません。90分ごとにすべての大陸、すべての海洋の上を飛ぶのですから、目のさめるようなすばらしい光景に出会うチャンスは果てることがないのです。


●なぜ宇宙飛行士になったの?

物心ついてからずっと飛行機を操縦(そうじゅう)して空を飛ぶのが夢でした。はじめて宇宙旅行を夢みたのは、小学校のころわくわくするようなアポロの活躍(かつやく)ぶりを眺(なが)めていたときです。この希望は海軍のテストパイロットをやっていたときに大きく膨(ふく)れ上がりました。パイロット専門(せんもん)の宇宙飛行士は全員、テストパイロットの経験があるのです。


●無重力状態はどんな感じ?

宇宙にいると、とても想像できないようなすばらしい感動を覚えるのです。まったく自由にふわふわ浮(う)いていると、信じられないような解放感を覚えます。フライトデッキから中央デッキへ、シャトルの周りをふわふわ浮きながら、もう一つの居住空間にトンネルを通って行ったり来たりしていると、翼(つばさ)を使わなくとも空中に停止していられる鳥になったような気分になります。でも、無重力のおかげで食事や着替(きが)えは面倒(めんどう)になります。例えば新しい靴下(くつした)を履(は)こうとすると、もう一方の靴下がいつのまにかふわふわとどこかに浮いて行ってしまい、どこへ行ったかわからなくなってしまうのです。


●宇宙飛行士の訓練で楽しかったことと苦手だったことは?

訓練で宇宙飛行士が気分をいちばん悪くするのはKC-135という飛行機に乗って30分間だけゼロG(無重力)を体感するときです。そのためこの飛行機は「嘔吐(おうと)コメット」などと言われています。


●メッセージ

NASAではいま、国際宇宙ステーションの建設に専念(せんねん)していますが、この宇宙ステーションで宇宙ビジネスが活発になると思います。この計画には、ロシア、カナダ、日本、フランス、ドイツ、イタリア、オランダなど、他の多くの国ぐにが参加しています。この宇宙ステーションはいろんな国の人が一緒(いっしょ)に住むことになるわけで、とても楽しみですね。すべての人びとが協力し合って仲良く住めるんだということを証明することになります。



バンス・D・ブランド

バンス・D・ブランド

1931年コロラド州ロングモント生まれ。
コロラド大学で航空工学を学んだ後、カリフォルニア大学で経営管理学の修士号を取得。
民間企業、空軍を経て、1966年に宇宙飛行士となる。1972年にアメリカとソ連が結んだ宇宙条約により実現したアポロ─ソユーズ試験計画に参加。当時は冷戦時代であったが、ソ連の飛行士たちと友好関係を築き、共同でさまざまな科学実験を行った。また、船長としてSTS(スペースシャトル計画)にも参画している。
宇宙飛行歴
1975/07 アポロ─ソユーズ試験計画
1982/11 STS-5(コロンビア)
1984/02 STS 41-B(チャレンジャー)
1990/12 STS-35(コロンビア)


●なぜ宇宙飛行士になったの?

より高く、より速く飛んでみたかったからです。


●無重力状態はどんな感じ?

無重力状態の中で動き回るのはとても楽しく、宇宙では誰(だれ)でもアクロバットができます。


●宇宙飛行士の訓練で楽しかったことと苦手だったことは?

ミッション直前には毎日の訓練時間が長くなり、これが最もつらいことでした。いちばん楽しかったのは、飛行機やシミュレーターを使った飛行訓練でした。


●宇宙の生活で大切なことは?

宇宙船の中は狭(せま)く窮屈(きゅうくつ)なことが多いので、忍耐力(にんたいりょく)、思いやり、ユーモアが最も大切です。また、正直になりきることも必要です。


●メッセージ

宇宙探検(たんけん)は将来(しょうらい)も終わることなく続きます。皆さんの中にもきっと宇宙探検に加わる人が出てくるはずです。



フランク・ボーマン

フランク・ボーマン

1928年インディアナ州グレー生まれ。パイロット。
米国陸軍士官学校卒業後、カリフォルニア工科大学で航空工学の修士号取得。
ジェミニ7号では船長として多数の医学実験を行ったほか、ジェミニ6号と史上初のランデブー飛行を試み、両機を約30cmまで近づけることに成功した。また、アポロ8号では史上初の有人月周回飛行を成功させ、月の軌道(きどう)を10周したのちに帰還(きかん)。

宇宙飛行歴
1965/12 ジェミニ7号
1968/12 アポロ8号


●宇宙での体験や印象は?

月から地球を振り返って見るというのは素晴らしい経験でした。地球は基本的に青と雲の白が基調ですが、茶色っぽい大陸もはっきり見えました。人間はいかにも繊細(せんさい)な孤高(ここう)の星に住んでいるのだなという感じがしました。


●なぜ宇宙飛行士になったの?

私は空軍将校(しょうこう)でした。当時、アメリカとソ連との冷戦は深刻(しんこく)なものでした。アポロ計画は冷戦の中では一つの戦闘(せんとう)のようなものでした。それが、宇宙飛行士部隊に入った最大の動機でした。


●無重力状態はどんな感じ?

ジェミニ7号で地球の周りを2週間飛びましたが、ゼロ重力という条件がなければ、そんな長時間をあの小さな宇宙船で過ごすことはできなかっただろうと思います。慣れてしまえばゼロ重力も宇宙を旅する者にとっては味方となります。


●宇宙飛行士の訓練で楽しかったことと苦手だったことは?

訓練でいちばんつらいことは、長いあいだ家に帰れないことです。家族にも緊張(きんちょう)を強いることになります。これが宇宙飛行士という経験の中で最も困ったことでした。


●宇宙の生活で大切なことは?

地上で大切な技術や資質が、宇宙でも同じように重要になります。


●メッセージ

宇宙へ行きたいと思っている皆さんに言いたいことは、準備が大切だということです。物理学や数学のコースを目指してください。そしてもっと大切なことは、何をやるにしても全力を尽(つ)くすこと、自分を見失わず、決してあきらめないことです。



ブライアン・ダフィー

ブライアン・ダフィー

1953年マサチューセッツ州ボストン生まれ。パイロット。
米国空軍大佐(たいさ)。アメリカ空軍士官学校卒業後、空軍(沖縄(おきなわ)に配属されていたこともある)を経て、1986年に宇宙飛行士となる。STS-72、92では船長として若田光一宇宙飛行士らとともに搭乗(とうじょう)し、日本のSFU(Space Flyer Unit:スペース・フライヤー・ユニット)の回収(かいしゅう)や国際宇宙ステーションの準備に参加した。

宇宙飛行歴
1992/03 STS-45(アトランティス)
1993/06 STS-57(エンデバー)
1996/01 STS-72(エンデバー)
2000/10 STS-92(ディスカバリー)


●宇宙での体験や印象は?

宇宙に出ると、日常では味わえないようなわくわくした幸福感に包まれます。見ること、すること、感じること、すべてが地球上では経験できないことばかりです。そこはまったく特別な世界なのです。


●なぜ宇宙飛行士になったの?

子供のころは、宇宙飛行士のことを勇気と大胆さの象徴のように考えていました。自分が宇宙飛行士になって、宇宙の開発に参加しているところを思い描いたことが動機になりました。いつか本当に宇宙飛行士になりたいというのが、他のどんな夢よりも勝っていました。


●無重力状態はどんな感じ?

無重力状態に入ると、最初は新しい環境(かんきょう)の中でいろいろ工夫しながら体を動かすことになります。しかし何日もたたないうちに、何の違和感(いわかん)もなく浮(う)かんでいられるようになります。


●宇宙飛行士の訓練で楽しかったことと苦手だったことは?

特に苦手だった訓練というのはありませんが、ややつらい場面もあります(例えば、打上げカウントダウンの訓練で3時間もあお向けのままでいることなどです)。最も楽しいことは、クルーのメンバーと一緒(いっしょ)に過ごす中で、チームとしての結束が出来上がっていくことです。


●宇宙の生活で大切なことは?

大切なことはクルーのメンバー一人ひとりが、他の人に対して寛容(かんよう)な精神を持つことです。またクルーの誰(だれ)もが、精神的につらく困難(こんなん)な状況(じょうきょう)でも職務を遂行(すいこう)できるようにならなければいけません。宇宙空間は失敗の許されない過酷(かこく)な厳(きび)しい場所だからです。


●メッセージ

高い理想を持ち、夢に向かって進むべきだと思います。目標を達成することがすべてではなく、そこに行き着くまでの過程で多くのことが得られます。目標が高ければ高いほど道のりは長くなりますが、その間に得るものもまた多くなるのです。



ユージン・A・サーナン

ユージン・A・サーナン

1934年イリノイ州シカゴ生まれ。
海軍大学院で航空工学を修めた後、宇宙飛行士となる。ジェミニ9号ではアメリカ人としての2番目の宇宙遊泳を行ったほか、アポロ10号では月着陸船を操縦して月面近くまで接近させることに成功。船長を務めたアポロ17号では、月面滞在75時間の世界最長記録を作る。著書に『月に立った最後の男』(1999年)がある。

宇宙飛行歴
1966/06 ジェミニ9号
1969/05 アポロ10号
1972/12 アポロ17号


●宇宙での体験や印象は?

偶然できたものにしては美しすぎる。まるで神の館の玄関(げんかん)ポーチにいるみたいでした。


●なぜ宇宙飛行士になったの?

ハイスクール時代、私は航空機運搬機(うんぱんき)から飛行機を発進させて空を飛んでみたいと思っていました。パーデュー大学に通っていた時、海軍の制度を利用していたので、卒業とともに飛行訓練に参加、最終的には海軍から宇宙飛行士候補(こうほ)として推薦(すいせん)してもらいました。こうして1963年10月に、他の13名と一緒(いっしょ)にNASAの宇宙飛行士に選ばれたのです。


●無重力状態はどんな感じ?

ゼロ重力に入るとすぐ、ジェミニ9号が何かにドンと乗り上げたような感じがし、胃袋(いぶくろ)が上に上がったままになりました。重さがないため、扁桃腺(へんとうせん)のすぐ後ろに胃袋があるような感じが続き、乗り物よいのように気分が悪くなりました。

それまでは息もできないほど怪力(かいりき)で締(し)め付けてくるような重力と戦っていたのに、それがいきなり、まったく何もない状態に変わったのです。まさにゼロ重力です。整備士が置きっぱなしにしていったナットやボルトが、どこからともなくふらふらと現われたかと思うと、チリなどが私の鼻先でゆっくりとダンスを始めるのです。私の手も重さを感じることなくふわふわと浮(う)かび、金属のズボンにくるまれた脚(あし)までが、まるで羽のように軽くなってしまいました。


●宇宙飛行士の訓練で楽しかったことと苦手だったことは?

訓練はボーイング707で無重力状態をシミュレーションしながら行なわれました。しかし訓練は大変難(むずか)しく、「週8日間」というハードスケジュールでほとんど家族にも会えませんでした。


●宇宙の生活で大切なことは?

宇宙飛行士は訓練や作業を共にし、ミッション中はせまい空間で生活を共にします。そこには強い友情の絆(きずな)が生まれ、中には(すべてではありませんが)今でもそれがしっかりと残っている宇宙飛行士たちもいます。


●メッセージ

子供のころは、将来(しょうらい)自分が月の上を歩くことになるとは思ってもいませんでした。それでも結局、月の上に立ち、美しい地球を振り返ることになりました。

宇宙飛行士を目指すにはいろいろな課題が先に待ち受けていると思いますが、限りないチャンスも皆(みな)さんを待っています。空はもう手の届かない場所ではない、ということを忘れないでください。不可能は何もないのですから!自分を信じて、自分の道を信じていけば、夢を実現させることができるのです。



若田 光一

若田 光一

1963年、埼玉(さいたま)県生まれ。ミッションスペシャリスト。
九州大学工学研究科修士課程を修了(しゅうりょう)。日本航空勤務(きんむ)を経て、宇宙開発事業団の宇宙飛行士候補者(こうほしゃ)に選ばれる。日本人5番目の宇宙飛行士で、ロボットアームを使った作業が専門(せんもん)。人工衛星の回収(かいしゅう)や、国際宇宙ステーションの組み立てに参加している。

宇宙飛行歴
1996/01 STS-72(エンデバー)
2000/10 STS-92(ディスカバリー)


●宇宙での体験や印象は?

暗黒の宇宙の中に青白く輝(かがや)くふるさと地球を見たとき、薄(うす)い水色から濃(こ)い藍色(あいいろ)まで微妙(びみょう)に変化する地球の海の青が、心をほっとさせるような優(やさ)しい色であるという印象を持ちました。地球は薄青い大気のベールに包まれていて、この本当に薄い大気層(たいきそう)で地球上の生命体が守られているのだという事を実感したのと同時に、私たちは宇宙へと活動領域(りょういき)を広げていくと同時に、ふるさと地球のかけがえのない環境(かんきょう)を守っていかなければならないのだという思いを新たにしました。


●なぜ宇宙飛行士になったの?

5歳の時のアポロ11号の月着陸で、宇宙への憧れを抱いた事を覚えています。しかし当時は幼心(おさなごころ)にも、宇宙を舞台(ぶたい)に仕事ができるのはアメリカと旧ソ連の人びとだけであるように思っていたようです。幼少時代からの飛行機に対する強い興味が、航空機のエンジニアになるという具体的な目標になり、大学、大学院で航空工学を学び、志かなって航空会社で航空機構造の技術者の仕事に携(たずさ)わっていました。その時、国際宇宙ステーションの組立や運用に携わる宇宙開発事業団の宇宙飛行士募集(ぼしゅう)を知り、人類に貢献(こうけん)できるとてもやりがいのあるその仕事に挑戦(ちょうせん)してみたいという気持ちから応募しました。


●無重力状態はどんな感じ?

自分にとって全く新しい世界でした。生理学的にも、血液等の体液が、重力がなくなるために上半身の方に移動して顔面がちょっとむくむような状態や、慣れ親しんだ地球上の重力のある環境下とは異なる視覚(しかく)のみによる上下方向の認識等(にんしきとう)は経験したことのない感覚でしたが、人間の体が無重力環境に短時間で適応していけることも実感できました。また無重力下では、自分の頭の上の空間に仲間の宇宙飛行士がふわふわ浮(う)いた状態で活動することもでき、狭(せま)い宇宙船内の空間を、地球上に比べ、3次元的により有効に利用できるという事等も実感しました。


●宇宙飛行士の訓練で楽しかったことと苦手だったことは?

特に苦手な訓練というものはありませんでしたが、訓練で最も苦労したのは、英語の不自由さでした。外国で仕事をする事自体も自分にとって初めての経験であり、NASAのミッションスペシャリスト宇宙飛行士訓練を開始してからの1年間くらいは、慣れない英語での宇宙飛行シミュレーション訓練等にとても苦労しました。

訓練はどれも楽しくかつ興味深いものばかりでしたが、特にスペースシャトル打ち上げ時のミッションコントロールセンターとの本番さながらの統合シミュレーション訓練は、さまざまなトラブルが生じても、安全に飛行を行うために、非常に複雑なシステム運用能力や、仲間の宇宙飛行士や地上管制局の方がたとの緊密(きんみつ)なチームワークが要求されるもので、非常に緊迫(きんぱく)する訓練であり、同時に最も楽しい訓練の一つでもありました。


●宇宙の生活で大切なことは?

宇宙での仕事は、宇宙船や宇宙ステーションのさまざまなシステムの操作(そうさ)から、船外活動、さまざまな分野の実験や観測、広報活動等、非常に多岐(たき)にわたるものであり、それぞれを確実に遂行(すいこう)するためのかなり広範(こうはん)な知識と技術を身につける必要があり、またそれを国際宇宙ステーション参加各国における訓練を通して比較的(ひかくてき)短期間に習得しなければならない事も特徴(とくちょう)と言えます。さまざまな状況において、仲間のクルーそして地上管制局の方がたらと協力して、安全にそして確実に予定されたミッションを遂行するための的確な状況判断能力、そしてチームワークを大切にできる事も重要です。

宇宙ステーションにおける微小(びしょう)重力や、生活・活動空間の閉鎖性(へいさせい)、隔絶性(かくぜつせい)といったものは、物理的・生命科学的なものに限らず、人間の感覚や感情、精神活動にまでも影響(えいきょう)を及(およ)ぼす事も、地球上の一般的(いっぱんてき)な日常生活と大きく異(こと)なる事と言えるでしょう。


●メッセージ

これからはもっともっと多くの人たちが宇宙へ仕事で行ったり、近い将来(しょうらい)観光で宇宙に行く事も可能になるでしょう。宇宙飛行士も今は、科学者や技術者、パイロットなどの専門分野の人がほとんどですがこれからはさまざまな分野の宇宙飛行士が誕生してくると思います。どんな分野でもいいのですが、この分野のことなら誰(だれ)にも負けないぞと思えるくらい自分の専門分野の経験をしっかり持てれば、きっと宇宙へ行って仕事ができる機会も巡(めぐ)ってくると思います。好奇心(こうきしん)を大切にして、目標をはっきり持って勉強と運動に励(はげ)み、よい友達をたくさん作ってください。そしてその目標に向かって、決してあきらめることなく一歩一歩努力して皆(みな)さんの夢をつかんでください。